耳をすまさなければならないときに耳をすまさない難しさについて

みんながすましている耳。しかしすましていない耳があった。俺の耳だ。不安そうな俺の耳だ。なぜ不安なのかは窓の外に耳をすませばわかる。
「耳をすませ!」と軍人の声。「いますぐー、耳をー、すませー! すませー!」とデモ隊のシュプレヒコール
体制派も反体制派もどっちも耳をすませと言っている。とにかく耳をすまさなければならないことになっているのだった。しかし俺は反骨精神から耳をすましていなかった。
たった今すましてしまったが。
 
 
あの頃、耳をすまさずにいてわかったことがある。耳をすましていない後暗さから周りの声が気になり、つい耳をすましそうになってしまうのだ。耳をすましていない自分の噂をされているのではないか、耳をすましていない人間を連行する奴らがいるのではないか。そういった、耳をすますことでしか解消されない不安で頭がいっぱいになるのだ。