萌理賞応募し損ね作品

 
<カムガム族>
いつかのどこかのあるところ。じじじと聴こえるセミの声。ちちちとせせらぐ水の音。ざざざとざわめくトネリコの大樹。暑さでゆらめく景色のむこう、人里離れたその場所に、ぽつんと小さな村がありました。住民はすべて若い女、村から出る者はなく、村を訪れる者もまたありません。
* * * * *
いつものようにガムをクッチャクッチャと噛みながら、わたしは言った。
「それでは口渡しの儀を始めますクッチャ。祖先より受け継がれたクッチャ、わたしたちの一族の長の証クッチャクッチャ。おまえに今日クッチャ、これを託しますクッチャクッチャ。これからおまえはクッチャ、次の長に口渡しをするまでクッチャクッチャ、毎日クッチャクッチャ、この証を噛み続けなければいけませんクッチャ。いいですねクッチャクッチャ」
「……はい、覚悟は出来ています。長」
緊張しているのか、娘の体は強張り、口は真一文字に結ばれている。
「ふふふ、頼もしいクッチャクッチャ。始めますよクッチャ」
ガムとの別れを惜しむようにしばらく口をクッチャクッチャと鳴らすと、わたしは娘に口付けをした。緊張の解けない娘の体はびくっと縮み上がって、硬さを増した。わたしはやさしく微笑んで、包み込むように娘を抱きしめた。髪の流れに沿ってゆっくり頭を撫でてやると、少し硬さが取れてきたので、わたしは娘の口に舌をにゅるりと滑り込ませた。
「ん。ふう。じゅ、じゅじゅるううう」
さきほどからガムを噛んでいて溜まった唾液を、すべて娘の口に送り込む。新しくガムを噛む者は、それまでガムを噛んでいた者の唾液をもらって口を慣らさなければならないのだ。
「ん、うむん」娘の口内を舌で嘗め回し、「れろれろれろ」わたしの口に残ったガムのエキスをすべて娘の口に送り込むと、「お、おろろろろ」最後に丸めたガムを舌伝いに娘の口へと転がして、「……ぷはあ」口を離した。
口を満たすガムと唾液にとまどっているのか、虚ろな表情をした娘の口元に手をやり、唾液とガムを練りこませるようにゆっくりと咀嚼させる。
「これで、あなたが長よ」
「クチャ……クチャ…………う、うげーろぼぼぼぼぼうぼぼげー」
ガムの腐臭に耐えかねた娘は、わたしの唾液もガムも村の歴史も何もかも胃酸まみれにして吐き出した。わたしは怒鳴ろうと思って大きく息を吸い込んだんだけど、汚い吐瀉物の後に綺麗な虹が出ているのを見たら、なんだか可笑しくなっちゃって、息が切れるまで大きな声でからからと笑い続けた。