BLUE

いつからか、見慣れた町並みから色彩は失われ、見慣れた人たちからは表情がうかがい知れなくなっていた。どこに目をやっても空虚な風景で、なにもイメージは喚起されない。見慣れたものたちは私を不安にさせるばかりだ。知っているはずのものたちが、すべて遠い国の出来事のように思えていた。いっそ何も見えなければ、こんな気持ちになることもないのに。その日、町並みや人が見えなくなる深夜を待って私は外に出た。通いなれた静かな公園を歩いていると、いつもとは違ってかすかに歌声が聞こえてきた。さほど気にもとめずに歩き続けていたが、歌声に徐々に近づいて、やがて鮮明に聞きとれるようになると、夜と溶けあっていた私の輪郭を優しくなぞるような歌の心地よさに引き寄せられ、気づけば、歌い手を目の前にしていた。私は夜と切り離され、歌の一部となっていた。私しかいないはずの夜の公園でうたわれる歌。どこかまだ知らない素晴らしい場所へと私を導いてくれる魔法の馬車が目の前に降り立ったような気がして、私は話しかけていた。あなたはこんなに寒い夜なのにどうして歌っているですか? 私はこんなに辛いのにどうして生きなければならないのですか? その人は歌うことをやめずにこちらを一瞥すると、さあねーと言った。それは返答のようでもあり、歌の一部のようにも聞こえた。