キツツキの場合

ひょんなことからこの時代にやってきた徳川綱吉が幾多の困難を乗り越え、過去にそうであったように征夷大将軍の地位につき、最初にして最後、ゆいいつ為した政策である『生類知性化の令』(願望とは、その時代に実現可能な範囲に限定されるものであるから、技術が発達した未来にやってきた動物愛護者の精神は、憐れみを覚えるに留まらず、動物の地位を人間と同等に向上させるために知性化を求める)により、あらゆる動物たちは人間並みの知性を得、人間サイズの体になり、人間のような五本指の手を得た。知性だけでなく、大きさと手も人間のものとなったのは、人間に最適化されたインターフェイスを人間と同様に扱うためである。
それから数十年後、キツツキ類は訴えた。
「知性を得た我々は今や、木を突付くだけの存在ではない。したがって、あたかも植物に従属しているかのごときキツツキという名は不当である。自由意志を持った我々の娯楽として突付かれるためだけに存在する木こそが従属物なのであるから、巨大な植物の総称は『木』ではなく『キツツキ突付かれ』にすべきであり、木を突付くものというキツツキの原義は忘れ去られるべきである」
遥か昔に植物が担っていた役割は観用フラクタルと大気循環機に取って代わられ、いまでは自然の植物を目にする機会も減っている。『木』の名称が長くなってもさほど不便はなく、なによりも否決したときに憤慨したキツツキに突付かれるようなことがあっては痛くて嫌なので、連邦評議会の面々はこの訴えを認めたかった。しかし、何でもかんでも無条件に認めているようでは、議会の信頼を損なうことになり兼ねない。議長はおずおずとキツツキにたずねた。
「えー、認めたいのは山々なのですが、一点だけ疑問があります。あなたたちは木と称されるものすべてを突付くのですか? それこそ『木』を『キツツキ突付かれ』と置き換えても問題ないくらいに」
その質問を予想していたかのように大きく頷いたキツツキは、議会の入り口に手を向けた。
「その質問に答える前にまずは彼の姿を見ていただきましょう」
ギイとドアが開くと、そこに現れたのは厳つい顔をした大男。会場はどよめき、口元に縫合の痕のある議員がヒステリックに叫んだ。
「あ、あれは、弟子の口元を木に叩きつけることで知られる『かわいがり』のキツツカセ親方!」
キツツカセ親方は特に何の親方ということもない無職の中年なのだが、その風格に惹かれて弟子入りを所望する若者が後を絶たない。弟子に教えるべきことなど何ひとつ持ち合わせていない親方は、『かわいがり』行為をぶつかり稽古だと言い張って繰り返すのだが、集団催眠状態にある弟子たちは、それを稽古として喜んで受け入れてしまう。この議員も過去にかわいがられたひとりであった。
「いかにも彼はキツツカセ親方。ボルネオアイアンビークの異名を持つ私の嘴は、彼の怪力で硬質の木を突付こうとも傷ひとつつかず、輝きを失いません。さあ、ケヤキでもヒノキでもここに用意していただきましょうか。あらゆる木を突付けるキツツキの力を証明して見せましょう」
議長は首肯する。
「わざわざ強引に突付かされる必要はないと思いますが、その心意気は買いましょう。ではいまから最硬質の樹木であるボルネオアイアンウッドを用意します。キツツカセ親方に存分にガンガンと突付いてもらいましょう。それで嘴が無事ならば、あらゆる『木』を突付けることを認め、『キツツキツツカレ』という呼称を採用し、もし嘴が折れるようなことがあれば『木』は『木』のままとします。よろしいですね?」
キツツキは余裕を滲ませて「わかりました」と微笑んだが、内心は動揺していた。数千光年離れた惑星にしか生育していないはずのボルネオアイアンウッドがなぜここに姿を現したのか。我々の訴えが事前に知られていたのだろうか……。いや、事ここに至って理由や経緯などは問題ではない。ウッドとビーク、同じボルネオアイアンの名を持つもの同士である。別段こちらの分が悪いということはない。五分と五分。自分の嘴を信じるのみ。
ビート・ザ・ビーク*1と呟くと、キツツキはボルネオアイアンウッドの屹立する壇上へと向かっていった。

*1:嘴を振るわせろという意味。キツツキが気持ちを鼓舞するときに使う慣用句