カマリ・ワ・ンジョロのように

泣き明かしたのだろう。目は腫れて前髪も倒れた真がとぼとぼと事務所に入ってきた。
「あ、おはようございます……プロデューサー」
「元気がないな、真。昨日は眠れなかったのか」
「……はい。ボク、まだ納得できなくて。だって、昨日は好きにやっていいっていったじゃないですか。だから、まこまこり〜んって……」
俺はソファに腰掛け、ため息をつく。
「まだそんなことを言っているのか。何回も言っているだろう。菊地真というアイドルは不思議宇宙人系アイドルじゃないんだ。好きにやっていいっていうのは、菊地真らしさの中でなんだよ」
いままで俯いていた真がかぶりを上げる。
菊地真らしさってなんなんですか!? ボク、かわいいって思われたいです!」
俺は真の目を見据え、言い含めるように説いた。
「いいか、真。ひとにはみんな役割があるんだよ。菊地真というアイドルは、かっこよくりりしくあることが役割なんだ。ファンの求めていることでもあるんだ」
「それはそういう人気があるのは知ってますけど」真は俺の目をにらむ。「……でも!」
不満の言葉を口にしようとする真をさえぎって俺は言い放った。
「理解できないのなら、このままプロデュースは続けていけないぞ」
ひとつ息をつく。
「アイドル候補生は、ほかにもたくさんいるんだよ」
真は体をこわばらせて息を吸い込み、涙ぐむ。
「そんな! ひどいですよプロデューサー! ボクはプロデューサーといっしょにトップアイドルになりたいだけなんです! でも、りりしさだけじゃなくて、かわいさもちょっとだけアピールしていけたらなあって、それだけなんですよ! なんでダメなんですか!」
真の望むような道に進めてあげたい気持ちはあったが、あくまでプロデューサーとして毅然と答える。アイドルは売れることが第一なのだと、いつか真もわかってくれると思った。
「それは……それが真の容姿と声に適さないキャラクターだからだ。765プロのアイドル菊地真は『運動が大好きで元気いっぱい』なんだ。アイドルっていうのはね、ひとつのわかりやすい人格を持たなくちゃいけないんだよ。それはわかるね」
「わかりますけど……そんなのわかりたくないです! ほかのアイドルと同じやりかたじゃなくたってボクのやりかたでジャンジャンバリバリやっていってみせます!」
真は引き下がる様子はなく、尚もこちらをにらんだままだ。
「ずっとこの業界でアイドルを育てている俺や社長が言うんだ。信じてくれ。トップアイドルになるためには、まこまこり〜んなんて言ってはいけないんだ。トップアイドルは真や俺の夢だけど、菊地真765プロの商品でもあるんだよ」
真の目から涙がこぼれたが、尚もつづける。
「真、ふたつにひとつだ。りりしくかっこよくあり続けるか、765プロをやめるかだ」
俺の目にもこみあげてくるものを必死で堪えて、ゆっくりと言い含める。
「……かわいいアイドルを続けたいのなら、573プロに移ることだってできる。そこでなら、まこまこりん星の皇女アイドルとしてデビューできるかもしれない。真がそれを望むなら──」
「もういいです!」
と事務所中に響きわたるような声で叫ぶと、真は体を怒らせながら事務所から出て行った。炸裂するようなドアの閉まる音に、俺は追いかけることさえできなかった。夜になってから電話をしたが、真は出なかった。
 
翌日、事務所にくると社長に呼び止められた。
「おお、君、真くんと何かあったのかね。君の机に封筒が置いてあったぞ」
社長を押しのけるようにして机に向かい、「真より」と書かれた封筒を開けると、一枚の小さな紙が入っていた。これは、二行連句だろうか……。

 
小鳥さんがアイドルをやめた理由を知っています──
小鳥さんと同じように、ボクも理想のアイドルにふれてしまったから
 

 
そうして765プロをやめてから一年後、真は573プロからまこまこりん皇女としてデビューしたが、泣かず飛ばずですぐに見なくなってしまった。連絡先もいまではわからない。
あのとき俺が真を突き放したのは正しかったのだろうかと、いまでもわからずにいる。
ただ、それからの俺は、新しいアイドル候補生に会うと、まず理想のアイドル像を聞くようにしている。そして、彼女が望むアイドルになれるように精一杯力を貸すのだ。以前ほど人気アイドルはプロデュースできなくなって社長には迷惑をかけているが、とても充実した日々を送っている。