ワールズエンド・スーパーノヴァうさぎは躁欝病

ワールズエンドうさぎ(鬱病なのでこうよばれている)が「たいへん……遅刻しちゃったら公爵夫人に怒られる……いやだなあ……今日はやっぱり帰ろう……」とひとりごちて踵を返すと、そこには小さな人間の女の子が立っていた。
「ええと、ここはどこかしら。さっき穴に落っこちたのだから、ひょっとすると地球の裏側まで来ちゃったのかもしれないわね。でもそうすると、わたしは今さかさまに立っていることになるわ! お空に落ちたら大変! 気をつけなくっちゃ! あら、こんにちはうさぎさん。ごきげんいかが?」
少女はうやうやしくお辞儀をした。
ワールズエンドうさぎは欝なので無表情でかすかに会釈を返すだけだった。さかさまについてはたしかに落ちたら大変だなあと思った。しかしこれが功を奏した。このとき、落ちるわけがないと思った周りの動物と植物は重力がひっくり返ってみんな空に落ちていった。鳥や雲は地面に落ちてきた。
「あら、どうしたのかしら。やっぱりさかさまだったのね! それよりあなた、言葉がわからないのかしら。地球の裏側はニュージーランドだから英語でいいはずなのに。もしかすると裏側では言葉も態度もさかさまにしないといけないのかもしれないわね」
少女はしばらく考え込むと、いったん頭を下げてから、勢いよく頭を上げ、こほんと咳払いをした。そして眉間に皺を寄せて胸を張り、腰に手をやって、くぐもらせた声で偉そうに言った。
「んさぎさうはちにんこ」
ワールズエンドうさぎは欝なので、さっきの「こんにちは」は通じていました、と訂正する気力がなかった。それに、さかさまでも別にいいや関係ないし、と思っていたので、逆さ言葉で返答だけして帰ろうと口を開いた。
するとそのとき、何かに引っ張られるようにワールズエンドうさぎの気分がとつぜん高揚した。ワールズエンドうさぎは耳をばたばたさせてぴょんぴょん飛び跳ねながら「はちにんこ!はちにんこ!はちにんこ!」と繰り返し叫ぶスーパーノヴァうさぎ(躁病)になった。
言い終わるとすぐワールズエンドうさぎにもどった。
試しに「お菓子が好きスガシカオ」といってみたら普通のうさぎのように言えた。
普通に振舞うって難しいことだなあと思った。